今日は、太平洋戦争において多くの犠牲者を生んだ自爆攻撃いわゆる「カミカゼ」について述べてみたいと思います。
当時の若者を自爆攻撃に追いやった思想つまり特攻思想とは一体何だったのでしょうか。これについて、
理解されている方々はそう多くはいないのでは。
昨今、中東イスラム過激派による自爆攻撃が新聞報道などによって読者の方々の眼に触れるケースが多いと察します。彼ら過激派が自爆攻撃を敢行する思想的拠り所とはアラーの神に帰依するという「殉教者精神」であるといわれております。
実は戦時中における日本の神風攻撃も同じような思想動機から由来しているのです。それは「神道」における「死生観」思想に拠るところが大であるのです。
神道は言います。
「死生観は、日本人の生と死そのものの意味を吸収し尽くす機能を持っている」と。
それは日本人をして天皇の家族すなわち「赤子」であることを意味させます。
戦死することによって、「天皇の赤子(日本人)」は神すなわち「御霊(みたま)」に「昇華」するという教えにほかならない。ようするに死することによって天皇(天子)つまり現人神に帰依=殉教できるという、まさに宗教=国家主義神道の真髄がここにあります。
明治政府は国民を中央集権国家に統合させるイデオロギー的拠り所として復古主義神道をもって、支配していきました。それは小学校など教育をはじめ、軍隊や地方の役場などをつうじて皇民化教育を徹底させていきました。
「大日本帝国が天皇の神社・靖国を特権化し、その祭祀によって軍人軍属の戦死者を『御霊(みたま)』として顕彰し続けたのは、それによって遺族の不満をなだめ、その不満の矛先が決して国家へと向かうことのないようにすると同時に、何よりも軍人軍属の戦死者に最高の栄誉を付与することによって、『君国のために死すること』を願って彼らに続く兵士たちを調達するためであった」『靖国』より
明治政府が「靖国」を建立した原因とは「天皇のために死する」兵士を再生産することにあったのです。ここに「靖国」がもつ国家主義的本性が露わとなっています。死生観とは死することによって御霊に転生し、天皇に帰依できるつまり天皇と一体化できるという思想にほかなりません。
天皇に忠誠をつくし、天皇のために死する思想これが神道のいう「死生観」ということです。
国民を天皇に忠誠を尽くす鉄砲玉として教育それが死生観に代表される皇民化教育だったといえます。
しかしそれにしても、国民の命を虫けらの如く扱う天皇制支配と天皇制イデオロギーには怒りがたぎる思いでいっぱいです。