
日経BPhttp://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q3/546603/
国税庁がまとめた2006年の民間給与実態統計調査によると、通年で勤務した給与所得者のうち、年収が200万円以下の人は1022万7000人と前年から4.2%増え、4.4人に1人の割合となった。性別でみると女性が同3.1%増の759万7000人と大半を占めたが、男性も同7.6%増の263万人と著しく増えた。
働いても働いても正当な代価を受け取れない社会
ワーキングプア(働く貧困層)が「構造改革」の負の側面として存在している。
日本で見た場合・・・・・・・年収200万円未満の層がこれに当てはまる。その数は550万人にも達し、労働総数の4人に1人がワーキングプアに入る。アメリカではもっと極端で該当する層は3700万人にのぼっている。
ワーキングプアが生まれた最大の原因は「構造改革」の結果だ。「構造改革」とは経済における非効率面を除去して、効率性を追求して行こうというものだ。具体的には「規制緩和」と民営化ををおこなって、非効率な企業を淘汰し、効率的な社会に再編させようという考え方である。
規制緩和の柱となっている参入障壁の撤廃によって、生産性の高い(労働賃金などコスト削減による)業者のところに労働も移動がおこなわれ、その結果非効率な業者は退場を余儀なくされる。というのが構造改革の特徴と言える。
しかし、そのおかげで労働者は低賃金に抑えられ、なおかつ、諸々の労働権利もなし崩し的剥奪される。この間の政府方針は、まさにこれである。
1950年代から1980年代の日本経済は、右肩上がりの高度成長によって、各企業は設備投資と新規採用を増やしていった。90年代に入ると高度成長は止まり、減速経済の時代に突入、その結果新規雇用は止まってしまい、それまで日本が誇っていた「終身雇用と年功序列賃金体系」は崩壊してしまった。
これによって、各企業は労働コストダウンを目指していく。まず賃金の高い中高年者のリストラを積極的に行なうとともに、正社員に代わって派遣社員を増加させていった。ワーキングプアはこのようにして、生まれた。
映画「YASUKUNI」喧噪は裏がありそうとの噂
4/15付の「日刊ゲンダイ」に毎週月曜日、斎藤貴男氏のコラム「二極化・格差社会の真相」の欄がある。たまたま、それに、眼を通して見ると、『YASUKUNI』騒動の[背後に見え隠れする底知れぬ闇]と題した記事が掲載されている。
斎藤氏の文言を引用してみよう。「背後に何か巨大な__戦争というものに批判的か、でなくとも戦争を遂行しょうとする政府に無条件で服従しない思想や言論の一切を許さない__意志が明確に存在するのではないか」と指摘しているのだ。
斎藤氏はさらに、その「背後」にいる正体らしき者として、3つのグループを挙げ、第1、中曽根、阿倍、麻生、中川を、第2、財界、第3にアメリカ軍産複合体をあげている。
確かに、私もその影は感じるときがある。過去の例を取り上げるならば、戦後直後の下山・三鷹・松川3大ミステリー事件だ。この事件は日共とその影響下にあった産別会議を狙い撃ちした占領軍の謀略との噂が優勢だ。
確か松本清張の「日本の黒い霧」にも謀略説が記述してあった。それが本当だとすると占領軍は3段階に分けて謀略を計画していたことになる。結果的には三つの事件によって一気に戦後革命運動がしぼんでしまった。そればかりか、翌年6月には「朝鮮戦争」が始まり、日共は占領軍によって追放される。
さて、「YASUKUNI」喧噪だが、最初の動きは昨年12月、「新潮」に載った助成金うんぬんの記事から始まり第2の局面では、例の稲田、有村たちの右翼議員グループによる「事前検閲(試写)」これが3月12日だ。その頃から右翼による脅迫・抗議がひどくなっていった。そして映画館側は「自粛」に追い込まれていく。
しかし、新聞などメディアによる「表現の自由を守れ」キャンペーンの結果、中止予定だった映画館が続々上映に踏み切り出すと、同時に映画に登場している刀匠による「削除要求」が降ってわいたように出てくる。この話、有村議員による刀匠説得が当たり、制作側・監督は困惑という状況が現地点のとらえ方だ。
こうしてみると、謀略説と単なる2人の女性右翼議員による跳ね上がりなのか、今は何とも言えない。
有村議員による議員特権を利用した不当な政治介入を許すな!
映画「靖国」をめぐる喧騒はまだ、納まるところを知らない。稲田議員と並んでウルトラ右翼の有村議員までもが、最近やたらと前面に登場している。彼ら「靖国派」は、どうしても映画「靖国」を上映させないつもりなのか。その根拠は一体何なのか?
私としては、この”映画「靖国」”の内容は、彼らの言うように「反日的」とは思わない。ナレーションも入っていないし、ごく自然な形のドキュメント映画打はないかと思っている。
では、なぜ彼らは、ありとあらゆる手を使ってでも、この映画を潰したいのだろうか?
稲田議員は外国特派員協会主催の共同記者会見において、自ら
「上映中止は残念としか言いようがない。映画館が自粛する理由は何もない」
また右翼による映画館に対する脅迫・嫌がらせについても、「そういう勢力が入ってくることは迷惑だ」との一方で、自身のホームページにおいては、
「この映画は中国人監督によってつくられた映画で、靖国神社をテーマにしたもの ですが、『百人斬り』の新聞記事や真為不明の南京事件の写真を使って、反日映画になっています。問題はこの映画に対して文科省から助成金が交付されたことです」
と、このように述べているのである。
ようするに、映画の内容が反日的と(主観的に)感じた。中国人が作った映画だから反日的なのだ、と。で、このような反日的な映画に何故、金をだしたのか。と稲田議員は立腹しているのだろう。
そこで、事前検閲をおこなって、製作者側に圧力をかけたり、今度は上映予定の映画館に対して、街宣車を繰り出しての脅迫と強要を行ない中止に追い込んだということなのだろう。
ところが、稲田たちの誤算が生じる。
メディアが一斉に表現の自由を守れのキャンペーンを張った結果、それに後押しされて、上映をおこなう映画館が続出したことだ。
稲田や有村ら右翼議員は焦った。そこで考えたのが議員特権を行使して、画面中に被写されている90歳になる刀匠に「被写画面の削除」の要求をするよう、迫った、ということではないか。
映画製作者からみたら、この画面を削除されたら映画として成立し得ないのは当然であろう。
この一連の表現の自由に対する圧力は議員特権を利用した悪質な行動であり、民主主義に対する挑戦であることを肝に銘じよう。
